小笠原、沖縄航海記
2009年
KING BEE 山崎 勲
1.はじめに
昨年10月、世界一周中のポレール号(関船長)がオーストラリアのグレートバリアーリーフを航海されるときに約3週間同乗させていただく貴重な機会を得ましたが、その折、関船長から「将来海外クルージングを考えるなら、三重―小笠原―沖縄の三角コースを走ってみることを勧めます。」といわれたのが頭に残っていました。今年2月、秋田のグリーク号の小杉さんと久しぶりに連絡を取ったら「今年は秋田を出て小笠原へ寄ってから沖縄へ行く計画だけど、KING BEEが沖縄へ行く予定なら一緒に小笠原経由では如何?」と誘われ、「そうしましょうか」と簡単に答えてしまいました。八丈島以遠は近海区域になるので臨時航行許可をもらうには、インマルサットは持っているが他に何を追加すべきか小型船舶検査機構に尋ねたところ、イーパブ、ライフラフトが必要とのこと(最終段階で信号火薬類が不足といわれ急遽追加)。これらの手配、軽油ポリタン格納場所の製作、そのほかの整備に追われ、ぎりぎり間に合って5月15日の出港に漕ぎ着けました。5月20日に三宅島でグリークとランデブーし、6月8日に沖縄宜野湾マリーナに到着するまで併走。その後はKING BEE 単独で航海し、7月8日、19箇所に寄港しての55日間の長旅を終えて志摩ヨットハーバーへ無事帰着しました。長い二つのレグ、八丈島―父島間(380M、63時間)、父島―南大東島間(590M,95時間)も含めて荒天に遭わずに走れましたが、気象情報をインターネット等で入手して航走期間中安定するのを見定めてから出港したのが幸いしたと思います。私が主に見ていたのは米海軍ホームページhttps://www.fnmoc.navy.mil/public/とhttp://metocph.nmci.navy.mil/jtwc.php
で、小杉さんは馬場さんの会社に申し込んで(年2万円)モペラで気象情報を入手しておられました(小笠原では携帯電話OKだけどモペラは繋がらず。)。
同行者は
藤原君:現役サラリーマンのため下田で下船
従兄のズーちゃん:全行程参加。父島―宜野湾間はグリークに同乗。71才だが一番元気で力持ち。大阪豊中で昼間は陶芸教室の先生、夜は居酒屋のマスター。KING BEEコック長として美味しい料理を毎日作ってくれました。
高岡君:父島から乗船。会社で仕事してた時の同期でKING BEE共同オーナー。
2.準備
2007年10月に船齢30年のヤマハ45ケッチを入手し志摩ヨットハーバーのプロにお願いして、エンジン(ヤンマー4JH3-DT115Hp )、発電機、冷蔵庫、エアコン、ラダーなど主なものを交換、自分達でもトイレ、配線、バルブ類など交換し、2008年7月に壱岐、五島方面クルージングをしました。その後も今回の出発まで、週のうち半分はハーバーに行っていろんな整備・改造を実施。クルーメンバーの人たちも週末に手伝ってくれました。主なものは、
・ ShaftLokの取り付け(セーリング時にプロペラシャフトの空転を止める装置)
・ 電動ウィンチをコンパニオンウェイ右デッキ上に取り付け、メインハリヤード、リーフライン、ステイスルシートをリードしてコクピットでセール操作可とする
・ HFアマチュア無線機(50W)、インマルサット取り付け。
・ ヒールしても動かず、蓋も外れないような箱を船内に3個取り付けて20リッターポリタンを9個格納できるようにし、デッキ物入れの9個と計18個のポリタンでも臨時的に軽油を運べるようにし、船底の燃料タンク350リッターと合わせて約700リッター(機走1週間分)の容量を確保。
・ イーパブ、ライフラフト(6人用)取り付け。
近海に変更するには双方向無線機(旧式の大きなもので45万円以上らしい)も必要と聞いたので、今回、30日間の近海臨時航行許可を申請することにし、5月18日―6月16日の期間の許可をもらいました。天候待ちで遅れたため与那国島はあきらめ、6月16日ぎりぎりに石垣から久米島へ移動(宮古以西は近海)。
3.行程概要
5月15―16日 五ヶ所湾―下田 120M,19h下田3泊
19日 下田―三宅島阿古港 48M,7h 阿古2泊、20日グリーク阿古入港
21日 阿古―八丈島八重根港 60M,9.5h八丈2泊
23―26日 八重根―父島二見港 390M,63h 父島5泊
31―4日 父島―南大東島漁港 590M,96h 南大東島3泊
6月 7―8日 南大東―宜野湾マリーナ 205M,31h 宜野湾1泊,グリークと別れる
9―10日 宜野湾―石垣港 240M,34h 石垣5泊
15―16日 石垣―久米島兼城港 195M,30h 久米島1泊
17日 久米島―座間味港 30M,6h 座間味2泊
19日 座間味―宜野湾 26M,4h 宜野湾マリーナ6泊
25日 宜野湾―伊是名島仲田港 44M,6.5h 伊是名1泊
26日 伊是名―徳之島亀徳港 66M,11h 亀徳1泊
27日 亀徳―奄美古仁屋港 33M,6h 古仁屋2泊
29日 古仁屋―宝島前篭港 70M,11h 宝島1泊
30日 宝島―口之島 64M,8h 口之島1泊
7月 1日 口之島―屋久島宮之浦港 47M,7h 宮之浦3泊
4日 宮之浦―種子島島間港 32M,2.5h 島間1泊
5日 島間―内之浦港 55M,7.5h 内之浦1泊
6―7日 内之浦―串本港 290M,31.5h 串本1泊
8日 串本―五ヶ所湾 70M,10.5h
全工程 2675M, 全航走時間 402h
4.航海詳細
4.1 五ヶ所―小笠原
5月15日 11:40、家内の見送りを受けて、ズーちゃん、藤原君と3人で三重県五ヶ所湾志摩ヨットハーバーを出港。概ね曇り、夜半に時々雨。はじめNEの風14kt(見かけ)だったが、伊良湖を過ぎるあたりからSEに変わり20ktまで上昇。波高2.5m雨模様の中、2Pメインで機帆走の上りの夜間航海となったが、初日なので少しきつく、夕食は菓子類のみ。伊豆半島に近づくと船の数が増してきたので本船航路を避けるべく少し沖出し。翌16日朝6時半に下田に入港して下田ボートサービスに電話するも連絡取れず、8時15分にやっとつながり、港内左奥のペリー上陸地点にある浮き桟橋に舫う。
16日 黒船祭り見物。
17日 朝、藤原君下船。曇り時々雨の中ズーちゃんと黒船祭り、下田観光を楽しむ。
18日 晴だが西風30-40ktと強く、グリークも銚子で足止めと聞きもう一泊。
19日 7:30三宅を目指して出港。曇り、SW14-18kt(見かけ)。2Pリーフメイン、ジブ70%展開で機帆走し7-8ktで走って14時に三宅島阿古港到着。インターネットで観光客もガスマスク必要との情報があったので観光案内所に行ったところ、港付近で短期滞在なら不要とのこと。風向きによって、どこそこの地域の人は外出しないでください、とスピーカーで時折放送あり。散策したが、亜硫酸ガスで枯れた木が多数見られ、空き家になった家も多く、災害の深刻さが窺われた。グリーク小杉さんより、「銚子を出たが向かい風強く、ナイトあきらめて鴨川に入港する」と連絡あり。
20日 晴れ、南よりの風10ktで穏やか。グリーク到着を待ちながらの釣りで大きなカワハギ3匹など釣り上げて、気がついたらグリークが入港するのが見え、慌てて港へ。久しぶりの再会を喜び、夜はズーちゃんのカワハギ料理などでKING BEE キャビンで 祝宴。
21日 5時グリークとともに阿古港出港。晴れ-うす曇、SE-Sの風12kt(見かけ)
穏やかな海面をグリークと仲良く平均6.5ktで機帆走し、14:40 八丈島八重根港入港。
坂道で自転車が使えないので、25分くらい歩いてスーパーへ買い物に。
22日 曇り、SWの風約15kt。レンタカー(軽自動車)を借り、グリークのお二人と
計4人で島内観光。八丈富士中腹あたりの一周道路を周り、地熱発電所も訪れ美人案内嬢に一同目をパチクリ。夕方、島の南東にある温泉「みはらしの湯」につかって満悦。
23日 3日間くらい小笠原までの天気が安定するとの予報を元に小杉さんと相談して出港することに決定。漁師さんも「小笠原へ出港するなら今だ。鳥島までは波が悪いが、それを過ぎると楽になる」と言っていたがその通りだった。平均6.5ktなら2日半(60h)の行程なので夕方出港も考えたが、小笠原から帰ってきたヨットが75時間かかったとのことだったので余裕を見て14:00に八重根を出発。黒潮で東に押し流されることを懸念して、始め進路を200度に取り、青ヶ島の西側を通過。うす曇、SWの風15-20ktの上り。それまで波高2.5mくらいだったが、青ヶ島を過ぎると風が強まったわけでもないのに波が一段と高くなり、波頭が崩れた波も時々やってくるようになって、これが数時間続く。情報では黒潮は青ヶ島の南を幅30Mにわたって流れているとのことだったので黒潮を渡る間特に波が悪かったことになる。青ヶ島の西を通過してから針路を東に振って明神礁の東8Mを目指す。夜のワッチはズーちゃんと2時間交代で行うこととした。
24日 うす曇、SEの風15kt。夜になって雨、SE18ktに。波高は相変わらず2.5mくらいで上り。明神礁の東を通過後しばらく鳥島、そうふ岩を目指し真南方向に走ったが,、そうふ岩通過は25日の夜中で、しかも新月なので見に行くのはあきらめて直接父島狙い(磁針方位160°)に変更。明け方に帆船のような形の須美寿島を視認。23日、24日ともよく揺れたのでズーちゃんも手の込んだ料理はあきらめ、非常用α米五目飯、缶詰、漬物、菓子類で過ごす。α米非常食は、湯のほうが早くできるが、水を入れても食べられるようになるので極めて便利と実感。もう携帯が通じないので毎日正午にインマルサットで家内に電話を入れることにする。家内はインターネットなどで調べた気象状況を伝えてくれて助かった。また、インマルサット経由のインターネットでも気象情報を入手した。
25日 明け方から風波弱まり、西風に転じる。昼ころから晴れ、暖かくなる。やっと南方へ来たと実感。漁師の「鳥島を過ぎると楽になるよ」は事実だった。思えば23日、24日は寒かった(キルチングやセーターを着る始末)。夜も星空で楽な夜間航海。結局青ヶ島あたりから他の船には全く出会わずでした。
26日 静かな海を速度を落として時間調整しつつ父島へ接近。朝焼けに美しく映える小笠原の島々をうっとり眺めながら、5時に二見港入港、最奥左側の非難岸壁と書いてあるところにグリークと2艇前後に横付け。小杉さんと「やっと来た、互いにおめでとう」と握手。カヌー型漁船も並んでいる港や、咸臨丸乗組員が日本国旗を立てに上ったという山々の景色をしばらく楽しんでいると、海上保安庁数名、続いて税関係官も来艇。KING BEE が来ることは事前に分かっていたとのこと(臨時航行許可の情報が連絡されているよう)。9時過ぎになって、オケラネットでクルージング中のヨットが交信のお世話になっているダイビングサービス「海神」の山田和子さんに挨拶に行き、いろいろ親切に教えていただく。この日は小笠原丸出港日で、ダイビングサービスの船など多数見送りに出る、「かいじん」も出るので乗らないかとお誘いを受け2時前から乗船。クライマックスで各艇の高いところから若い男女が次々に海に飛び込む楽しい場面があり、大いに楽しむ。この小笠原丸で帰るグリークのクルーの顔も見えました。KING BEEは30日に共同オーナーの高岡君が来ることになっているので、従兄のズーちゃんが小笠原―沖縄間はグリークに乗ることを快諾してくれていました。「海神」でシャワーを使わせていただいた(毎日お世話になる)あと、この日は久しぶりに豪華夕食をと、山田さんご推薦の居酒屋「コモ」で生まれて初めての海亀料理に挑戦。煮物、刺身とも大変美味でした。
27日 うす曇、風が北から南風に変わり16kt
と強まる。午後、小笠原ヨットクラブの菅野会 長 がサインブックを持参して御来艇、名前を 知っている数々のヨット、多くの外国からのヨッ トの人たちの記載があり、楽しんで読ませていただき、自分も記載しました。山田さんご夫妻、お嬢さん、従業員の女性、菅野会長、小杉さんをズーちゃん手料理のKING BEE キャビン内夕食にご招待。山田さんが美味しいさわらの島寿司を作って持ってきてくださり、ズーちゃんの面白い話も女性陣に大受けで盛り上がりました。
28日 雨時々曇り、南風更に強まり15-25kt。
港内でも波あり結構揺れる。岸壁に打ち付けられるようになったのでフェンダー強化。
朝、一人の女性がヨットに近づき話しかけてきた。千葉出身だが海といるかが好きで石垣島住人となり、今はアルバイトで小笠原に滞在し始めたばかり。八重山ヨットクラブに知人がいて紹介しても良いとのことなので、夕食にお誘いする。風雨が収まった8時ころ艇に到着。八重山ヨットクラブの方を紹介してもらい電話で話しすると、クラブの浮き桟橋に繋いでよいから、石垣に着いたら電話するようにとのこと、後で大変助かりました。午後、漁協に軽油を配達してもらい200リッター購入。免税でもリッタ-153円で高いのにびっくり。
29日 曇り時々雨、南の風15-20kt。
午後、二見港南の境浦の浅い海中に朽ち果てようとしている濱江丸(第2次対戦中に魚雷を受け座礁)の見物に、ズーちゃんと自転車で出かける。
30日 曇り時々晴れ、
高岡君が12時30分頃小笠原丸で到着。かなり揺れて船酔いしたとのこと。ズーちゃんが彼を濱江丸見物に案内。小笠原丸入港の日はスーパーに品物が豊富なので、長いレグのための買出しをする。高岡君歓迎で再び「コモ」へ海亀料理を食べに行く。また来たのでマスターが海亀の肝の刺身も出してくれたが、これも美味しかった。
予報では、31日に好転し4日間くらいは天気が安定しているがそれを過ぎると下り坂ということだったので、着いたばかりの人に悪いが、母島で1泊していくのはあきらめ、翌31日から南大東島を目指すことに決定。小笠原に5日間滞在したが天候不順で、シュノーケリングしたり南島や母島へ行ったりできなかったのは残念。
4.2 小笠原―石垣島
31日 5:30二見港出港。 晴れ、始めNWの風12ktくらいでうねりが大きい。次第に風が弱まり、北へ回るとともにうねりも減少。うれしくなって帆を4枚とも張って、小杉さんに写真を撮るようお願いする。風が弱すぎて弛むのでジブはフルに展開できなかった。
6月1日、2日、3日 晴ないしうす曇の好天が続く。風もせいぜい15kt程度。高岡君と2時間交代でワッチしながら楽な航海を楽しむ。料理も可能で、肉入り野菜炒めの夕食など交代で作る。毎日正午に家内にインマルサット電話をして気象状況を教えてもらいインターネットでも情報を入手しました。インマルサットの電話はいつも明瞭。また、12:15から13:00の間、オケラネットの無線交信にも参加させていただきました。この4日間の航海でも、一度自衛隊のイージス艦とヘリ空母に会っただけで他には船影なし。ただ大海原が見えるばかり。
4日 晴れ、弱い南風。前夜から5ktくらいにスピード調整するも4時に島の北側にある南大東漁港前あたりに到着。しばらく待ったが、相当西へ移動したのでなかなか夜が明けない。5時過ぎにやっと明るくなってきたので入港開始。灯台がないので入り口が分かりにくかったが、漁船が出てきて分かったと先ずグリークが進入。こちらは急にグリークが消えたのでびっくりして必死でマストを探し当て後を追う。入り口は狭いが中へ入ると、2区画に分かれていて奥は地元漁船用、手前は避難港らしく空いていたので2艇とも横付けする。深さは充分。岩盤を爆破して念願の漁港を作ったとは聞いていたが特に陸側の崖は高く、よくも出来たものだと感心。後で、300億円かけて3年前にやっと完成したと知る。今も続けているが、以前は戻ってきた漁船をクレーンで吊って陸上げするしかなかったそう。大型船は今でも外洋にむき出しの岸壁に着けるしかない。
電話番号を書いた看板があったので、レンタカーありの「ホテル吉里」(09802-2-2511)に連絡して港まで迎えに来てもらう。ホテルまで行くと女将さんから「近所の人はもう、ヨットが来たという噂で持ちきりよ」とのこと。ヨットで訪れる人はめったにいないようです。ここで3日間、レンタカー、シャワーを使うことになったけれど、なかなか親切でした。漁業組合へ挨拶に行ったら「組合長が出かけていて幾らか分からないが、後で何百円か係留料をもらうので携帯番号を」といわれたが、結局連絡なし。組合で売られていた釣道具が、針も糸も疑似餌も極端に大きいものばかりでびっくりし、小笠原からの航海中にケンケンを流していて、2回もあっさり糸を切られたことに納得。一段と立派な建物の気象台を訪れたところ大変親切に気象状況を教えていただけたが「すぐ崩れてきて3日間くらい出られないだろう」とのこと。島の全容をつかもうと少しドライブして見晴台から眺めると、広々としたサトウキビ畑が見えました。やはり午後から南風が強まり、漁船が数隻われわれの居る区画へ避難入港してきた。
5日 曇り時々雨、南の風やや強し。
今日は一日島内観光。南大東島は、南方の海底火山が移動してきてその上に環礁ができ、更に隆起して島になったものだそうです(周囲は2000m級の海)。島の周囲は高さ数十mの外輪があり、内側は盆地で中央部は海面くらいと低く、石灰岩の隙間を通して海とつながっていて干 満まである池が沢山あり、鍾乳洞もあります。遠くから見ると島は平たく見え、面積の60%が主にサトウキビ畑だそう。明治33年に元紀州藩士玉置半右衛門がサトウキビ栽培をしようと23人の開拓者を八丈島から送り込んだのが定住の始まりで、現在人口約1400人。その大部分が島の南西部の在所というところに住んでいる。鍾乳洞、岸壁むき出しの港、飛行場など大部分一日で見て回りました。
漁師さんが鰹などくれたのでズーちゃんがたたき、刺身にして宴会。避難してきた船の漁師さんが十数名車座になって飲んでいるところにも加わって酩酊。鹿児島や沖縄から一人ないし二人乗りでやってきていて、深海にいるイカを採っているとか。千葉出身の元気な30歳の漁師もいて感心する。皆さん夜間航海中はレーダーの警報が鳴るようにしておいて半分寝ているとのことでした。用心用心。農協給油所に軽油配達を依頼し100リッター購入、リッター84円でほっとする。
6日 曇り時々雨、南の風。午前中少し観光、南の岸壁で何人か釣り人がいましたが、まず小さなオキアミで25-30センチのムロアジを釣り、それを生餌にして何十キロもある魚を釣るのだそうです。午後、買い物と出港準備。レンタカーを返した後、われわれを送りがてらホテル吉里の女将さんが子供を連れてヨットを訪問しました。
7日 晴れ、弱い北風。5時半に南大東漁港を出港。残っていたうねりが沖まで張り出したさんご礁の浅瀬で波を作り、それが入り口に押し寄せて少しスリリングでした。うねりが高い日はや北風の強い日は入港困難な港ということになります。
8日 晴れ、弱いS-SEの風。前夜はきれいな星空で楽な夜間航海だった。明け方沖縄本島が見えてきて、午前中に摩文仁の丘など眺めながら本島南端を通過したが、それまでまったく静かだったのに急にF15たまにはF22も轟音を立てて上空を飛び交いだし、沖縄は前線基地なのだとの実感を新たにする。那覇港沖を通過して北東へ進み、No.2 ブイを目指す。No.2 ブイから南東に(牧港漁港の方向)No.3(緑)No.4(赤)ブイの間を通って進んでNo.5(緑)とNo.6(赤)の間を通過したらすぐ左に回り(そのまま進むと漁港に入る)東進。小さな赤緑一対のブイの間を通って宜野湾マリーナに、12時30分に無事入港。入港経験済みのグリークの先導で安心して入れましたが、沖縄地方での入港はさんご礁が各所に張り出していて注意が必要です。400隻くらい入れそうな県営第3セクター方式の大きなマリーナで台風も先ず大丈夫そう。早速マリーナで軽油370リッター入れてもらったが大東島よりずっと高かった(大抵近所のGSに頼むそう)。近所の居酒屋で小杉さんに夕食をご馳走になる。
9日 晴れ時々曇りSの風15-18kt、夜は20kt。
5時半宜野湾マリーナ出港。12日から15日にかけて僕の家内と次男の慎介(27才)石垣島へくる予定になっている。臨時近海航行許可は16日で切れるので、後で与那国島まで行くには延長が必要だった。小型船舶検査機構沖縄支部が宜野湾マリーナに検査に来てくれるのは毎月曜日でもう1週間待たねばならないし、石垣へは2週間に一度しか行かないとのこと。沖縄地方は梅雨の最中で待てば風が強まってくるとの予報だったので、延長の話はあきらめすぐ出港することに。
昼間はメイン、ジブともフルに展開して7.5ktで快走。夜になる前に2Pメイン、ステイスルのみに落とす。夜中に20kt、明け方には左舷前方から見かけ24ktの風になり波もだんだんチョッピーになる。この夜間航海では3人で2時間づつのワッチ交代にしたので4時間連続で寝られて2人の時よりずっと楽だった。
10日 晴れ、時々曇り、南風20-24kt
11時に石垣島最北端の平久保崎沖通過。灯台、緑の草むらで美しい。浅い珊瑚礁がかなり沖まである。島陰に入って波は小さくなるが、石垣港まではまだまだ遠い。移り行く景色を楽しみつつ、川平湾沖、屋良部崎、観音崎を通過して15時過ぎに石垣港前に到着、大きなビルが立ち並ぶ都会振りにびっくり。小笠原で女性に紹介してもらった八重山ヨットクラブの田本さんに電話すると、入港して左の奥にあるクラブのポンツーンまでの行き方を親切に教えてもらえ、更に、15時40分の着岸時には舫いも取りに来ていてくださいました。もう一人、隣に舫ってある「信風」の中林さんも係留を手伝ってくださいましたが、中林さんはここ数年、半年は宜野湾マリーナ、半年は石垣島で過ごしておられるそうで、沖縄地方の泊地に大変お詳しく、石垣港での過ごし方はもちろん、これから訪れる予定の港の情報も後ほど詳しく教えていただけました。舫いを完了した頃、どやどやと数人の保安庁係官、税関の方々が乗り込んで来られ、免許証や書類の確認の後、外国人は乗っていないなと念を押されました。聞くと、双眼鏡で眺めていたら海外から帰着したような感じのヨット(国旗を揚げていたからか?)が入港してきたので駆けつけてきたそう。臨時航海許可証の期限を見て16日までに出て行くよう念を押されました。天候待ちなど事情もあるのだから1-2週間の延長は臨機応変に認めてくれればいいのに・・・。やはり与那国島行きはあきらめ。夜は、田本さんと、中林さんをお招きして、途中で釣れたソーダ鰹のたたきなどズーちゃんの手料理で宴会。
11日 曇り時々晴れ。
午前中歩いて市内観光。八重山地方の中心地というだけあって、土産物屋など店も多く、本土から来て住み着いているらしい若い人も多数見受けられる。公設市場も珍しい食品が並んでいて楽しい。飲み屋街もなかなかのもの。午後、レンタカーを借りて先ず
有名な川平湾へ。台湾から数万トンのクルーズシップが石垣島を訪問中なので、台湾人で一杯だった。その後最北端の平久保崎へ。なかなかの絶景で、はるばる来た甲斐があると感激。途中野菜を直売していたおばあさんの話にも感激「沖縄は米軍が接収したのでやむなく数十家族とともにこの未開の地に移住したが、始めは井戸もひとつ、木造の家は台風で全て吹き飛ばされたりした。数年後、日本政府がコンクリートの家や小学校を建ててくれて何とかなったが・・・」。ここ(平久保崎南の明石)は低くて東西とも海に近く、海から昇る朝日、海に沈む夕日の両方がきれいだが、台風で今でも電柱がばたばたと倒れるそうです。子牛をある程度まで育てて本土に売るのが農家の主な収入源だそうです(八重山の他の島々も同様)。島をほぼ一周してレンタカーを返し、飲食街の居酒屋「ていんさぐー(鳳仙花)」夕食。ここの沖縄料理は美味しかった。
12日 曇り時々晴れ
午前、軽油170リッター給油(リッター64円で今航海中最安値)
午後、僕の家内と次男慎介が艇に到着し、早速一緒にまた市内観光。夜は家内が買ってくれた石垣牛で中林さんも招いて大勢で賑やかに宴会。家族も艇に3泊することになったので、夜通し発電機、エアコンを動かして快適に過ごせるようこれ勤める。
13日、曇り時々晴れ一時雨。
ここ数日の予報は雨ということだったが、結局、家族滞在中は一日中雨というのはなく、曇り時々晴れ一時雨という程度でラッキー。沖縄の梅雨はこんなものらしい。今日は全員で観光船に乗り西表島ツアー。島に着くと観光バスが用意されており、先ず浦内川観光。観光船でマングローブの川を遡り、それから30分ほど時雨の中を歩いてマリュウドの滝、更に10分歩いてカンピレーの滝までハイキング。そしてバスで島の東端に移動して、水牛車に揺られての由布島のんびり往復を楽しむ。御者のおじいさんの三味線弾き語りがムードを盛り上げた。石垣へ戻ってから「ていんさぐー」で家族ともども夕食。その後、ズーちゃんと僕は八重山ヨットクラブの栗原さんが経営するスナック「タニファー(0980-88-6352)」へ。台湾レースの打ち合わせで会長ほかメンバーの方が多数居られた。中林さんも発見。宮古ヨットクラブと一年交代で台湾レースの面倒を見ているとのこと。5月連休に毎年開催のお祭りレースで、レース後の飲み会が面白いから是非参加するようにとお誘いをいただきました。いつか出たいなー!
14日 観光船であっという間に着いて、一日竹富島観光で過ごす。赤い瓦屋根の上でシーサーが睨む伝統的な沖縄の家ばかりの町並で、南国情緒たっぷりでした。海岸を歩いてコンドイビーチへいき、海水浴も楽しみました。砂浜はきれいだが、水の透明度はいまいちで魚もあまり見かけず。
4.3 石垣島から帰路に
15日 曇り、南の風17kt。
7時半、7時に下船した家族と中林さんに見送られて石垣港を出港。ご親切に中林さんが馬場さんの気象予報を出港直前にプリントアウトして下さいました。家内と慎介はその後レンタカーを借りて、僕達が11日に行ったのと同じコースを辿るとのことでしたが、昼過ぎ、平久保崎沖を通過中に「灯台の横に居るけど遠くにKING BEE が見えてるっ!」
と電話あり。かなり沖出ししてたのでこちらからは見えず。
16日 曇り時々雨。SEの風20-24kt。
13時頃久米島兼城港前に来たところで豪雨で港が見えなくなる。速度を落として15分くらい待っていたら雨脚が弱まったので港口へ接近。すると後ろからフェリーが見る見る近づいてきたので一回転して道を譲り、フェリーのあとを追って北西方向の奥へ入って行き、フェリー着岸点の向こう側へ回って陸側岸壁に横付け。夕食は居酒屋「十六夜」で食べたが、安くて美味しかった。久米仙より少し臭みがあるが、久米島の人は「久米島」という青い瓶に入った泡盛を好んで飲むそうで、居酒屋にはこの青い瓶がたくさん並んでいた。島外ではほとんど売られていないそうで6本買う。
17日 曇り時々晴れ、東の風10-15kt。
8時半に兼城港を出港し、真上りなので機走で宜野湾目指して走っていたら、宜野湾マリーナにヨットを係留していて志摩ヨットハーバーにも度々来られる正井さんからたまたま電話が入り、「慶良間、特に座間味はいいところ、寄らずに帰ったら後で後悔するよ」といわれたので、急遽目的地を座間味港に変更。西から近づき嘉比島、安慶名敷島と座間味の間を、張り出している珊瑚礁を注意して避けながら通って入港、入って右側の岸壁に横付け。正井さんから紹介いただいた民宿「中村屋」さんでシャワーを浴びさせてもらう。
18日 晴れ時々曇り
もう一泊することにして、レンタカーを借りて座間味観光。狭い道だが島のかなりの範囲を回れた。高いところに数箇所ある見晴台からの眺めは、エメラルドグリーンからダークブルーに変化する美しい海と島々で絶景であった。午後、古座間味海岸でシュノーケリング。海水浴場の右の方は岩場で珊瑚の間を泳ぐ色とりどりの魚が豊富、海水は済んでいて素晴らしかった。極めて透明度が良いためか海が不思議な藍色で飽きることなく眺めた。今度はこのあたりに的を絞ってゆっくり来たいものだ。夕食は中村屋さん夫妻も飛び入りでコクピットでスキヤキ。台風3号が発生したので座間味はあさってくらいに波が高くなるだろうとのこと。
19日 晴れのちうす曇、東の風15kt。
7:15座間味出港、11:30宜野湾マリーナ入港。小杉さんと再会したが、奥様がもうじき来られるので八重山諸島行きは秋に延ばすとことにしたとのこと。
20日 台風3号の様子見のため数日宜野湾マリーナに滞在することにして、今日はレンタカーを借りて一日観光。かなり北にある海洋公園の水族館へ行って、マンタやじんべい鮫が多数泳ぐ大規模な水槽に驚く。ついで南下し首里城見物。更に南下して摩文仁の丘へ行こうとして車ラッシュに巻き込まれ、夕暮れにやっと着いたけど店などはすでにしまっていた。国際通りの鶏料理「ぼんじり」で夕食。生中一杯100円、泡盛飲み放題600円に喜びどんどん飲む。後日あちこちで入った大衆レストランでもオリオンビールの生中が100円でした。米軍に安いビールを売れといわれたのかな? 他の人は疲れたといって先に帰ってしまったので。僕一人で、志摩ヨットハーバー「フールズ」吉岡さんお勧めのスナック「茶色の小瓶」へ。オカリナ奏者のマスターは出張でお留守。カラオケの曲は何でも弾ける盲目のピアニストは居られ、僕は調子に乗って何曲も歌って楽しみました。
21日 曇り時々晴れ、南よりの風が強まり20kt。
パソコン抱えて近くのドコモショップへ行ってモペラを購入し、初期設定をしてもらう。以後各寄港地ではインマルサットを使わずにインターネットで気象情報が入手できるようになり経済的になりました。インマルサットを使ってると通信料がすぐ数万円になります。
22日 晴れ時々曇り、南風20kt
台風3号は西へ移動し大陸へ上陸したとのことだが影響は残り数日間南風が強いらしい。
23日 晴れ時々曇り、南風20kt
雲は南から北へ速く動いている。那覇の新都心といわれ、大きな新しいビルが立ち並ぶ「おもろまち」の県立博物館や旧海軍壕を訪問。
24日 晴れ時々曇り、南風20kt以上
出港しようと朝5:30に起床したが20kt以上の南風で、9時には弱まるとの予報も当たらず断念。レンタカーを借りて、海中道路を通って伊計良島、勝連城を見物し、広大な嘉手納基地を眺めてから帰る。
25日 晴れ時々曇り、SWの風20kt。
今日こそはと、南風でポンツーンに押し付けられるのを小杉さんの助けも借りて何とか離岸し、7時に出港。2Pメインと半分くらい展開したジブに追い風を受けて約8ktで機帆走。水納島と瀬底島の間、伊江島と本島の間を通って、始め与論島を目指していたが、うねりがあるのと入港時は大潮の干潮になるので、アプローチに浅い(2m)ところがある与論島はあきらめることに。伊平屋島に入ろうかと、念のため中林さんに電話したところ「伊平屋島の前泊港は南東に風が回ると岸壁にうねりが入って危険。手前の伊是名島仲田港は港の奥に、防波堤の付いた小さな港がありこの中がよい。」とのこと。入ってスロープの左の陸側岸壁に横付け。この島は沖縄の尚王朝初代の出身地で、その銅像がある公園など上陸して散策。沖縄地方では珍しく稲作の田もあったが、ここは沖縄文化圏でお墓は大きな沖縄式、食べ物も沖縄風。
26日 曇り時々強雨、概ね南風、20-30kt。
6時伊是名仲田港出港。前線の下を航海したようで風向安定せず、風速は時折30ktに。時々豪雨も。16:50徳之島亀徳港到着、フェリー岸壁裏側の船溜まりの陸側、スロープの左に横付け。早速タクシーで港北側、海に突き出た丘の上にある富山丸慰霊塔へ参拝に。ズーちゃんのお父さんは召集されて輸送船富山丸にて沖縄へ移動中、亀徳港のすぐ沖で米潜水艦の魚雷で沈められて戦死されたのです。石碑に刻まれた名簿に名前もありました。皆で合掌。そして八丈島以来35日ぶりに風呂屋へ。軽油200リッター補給。
27日 曇り、SWの風14-20kt
7時亀徳港出港。梅雨前線が鹿児島の南を通っていて、これから梅雨前線とともに移動するのかと心配。昼過ぎに加計呂麻島と奄美大島の間にある波静かな大島海峡に進入し、中林さんから紹介してもらった葛西さんに電話する。教えてもらったとおり沖から二重橋のようになっているコーラル橋のすぐ手前を左(西)に入ったところ(フェリー岸壁の裏)へ行くと葛西さんが居られて舫いを取って下さいました。この入り江の陸側は浅くなっているので沖側に横付け。瀬戸内海の駅(ここは大島郡瀬戸内町古仁屋)で最近は外国からのヨットも来るそうです。隣は公園でトイレ、水道あり。葛西さんは千葉から移住して海工房夢丸を立ち上げ、FRPのテンダー(2馬力エンジン、セールでも走る安定度の良いもの)の製作や諸工事をやっておられ、海の駅の推進や付近のヨット乗りの面倒見役をされているとお見受けしました。夕方、葛西さんをお招きしてキャビンで夕食。
28日 晴れ時々曇り、大島水道では弱風。
葛西さんが軽自動車を貸して下さるというのでお言葉に甘えて午前中裏山の展望台、30分ほど北のマングローブ公園など観光。展望台からの大島水道の眺めは島々や入り江が見えてきれいだった。午後、釣りでもしようかと出港準備をしていたら地元のヨットが入ってきて「加計呂麻島の砂浜の前でアンカリングして遊ぶので一緒に来ませんか」と誘われ、付いていくことに。きれいな砂浜、静かな海で素晴らしいひと時を過ごせました。この近くの生間港に数杯のヨットが係留してあるが台風でも殆ど波は入ってこないとのこと。夕方、付近のヨット乗りの集まりが「夢丸」の工場の2階であるので来ないかと葛西さんからお誘いがあり、喜んで3人で出かける。7-8人の方が集まっておられ、ジンギスカンBBQで盛り上がりました。二人は地元出身だがそれ以外の方は、福岡、岡山、西宮、横浜など本土からこの地に魅せられて定住し民宿など経営しておられる方々でした。水中銃での魚突きが趣味の方の大きな魚の付き方の話には驚き。銃のもりからの紐は3個の大きなポリエチレンの浮きに結んでおくが、マグロなど大きな魚を突くと浮きが走り出し、一個は沈むときもあるとか。遅くまで楽しい話は尽きませんでした。
29日 晴れ、SWの風20-22kt。
5時古仁屋出港、16時宝島前篭港到着。前篭港は宝島の北側に位置するため入港時は波静かで助かる。入って左奥陸側の岸壁に横付け。港は広く、空いている。港近くの人家は30戸くらいで店は一軒。港内でも結構大きな黒鯛のような魚やはたの類の魚が何匹も釣れ焼き物、煮物にして食べる。
30日 晴れ、SWの風20-25kt
宝島6時出発。追い風だが風強し。真追っ手はローリングで危険なのでリーチの風を受けるようジグザグコースで機帆走。中林さんから、中之島は港が小さいので少し北の、島は小さいが港は大きい口之島に入るべき、と助言をいただいていたので口之島を目指す。14:30に入港し、左奥陸側に横付け。港は広く空いていた。もりを持ってシュノーケリングしていたら入り口付近で大きな魚に出くわし、突いてやろうと近づいたら鮫だったのでゾーッとして退散。港近くにも以前集落があったが台風でやられたので、港の反対側になる東側の小高いところに移動したとのこと。30分歩いてコミュニティーセンター横の風呂屋に入り、一軒ある店で買い物。
7月1日 晴れ、SSWの風、始め25kt、11時頃から35kt。
白波があたり一面を覆う中、口永良部島と屋久島の間を通って、屋久島北側の宮之浦港を目指す。トカラ列島の小さな島々を見てきたからか、山が高いからか(上半分は雲の中だったが)屋久島が大きな立派な島に見える。島の北側を東へ回ると風波が弱まりほっとする。追い風だったので来れたが、反対だったら着けなかっただろう。宮之浦港に近づくと更に静かになる。港前に錨泊中のイージス艦霧島の横を通って入港、奥の長い防波堤の左端の狭い切れ目から漁港へ向かってゆっくり進んで行くと、左から突き出た防波堤に年配の港の主のような顔をした人が原付で現れ、この防波堤の内側へ付けろ、とご親切に指示あり、安心して横付け。ここで3泊お世話になりました。波は入ってこず、トイレが近くにあり、町も近くて大変良いところでした。
2日 曇りのち晴れ
僕はロケットの仕事で何十回と隣の種子島には行ったが屋久島は今回始めて。他の二人も初めてなので少し見物しようということになり、近くのレンタカー屋で軽自動車を丸二日借りることにする。1000mくらい山道を登ったところにある屋久杉ランドへ行くと、うっそうとした屋久杉の森の中に整備されたハイキングコースが用意されていた。屋久杉などの大木、苔むした古株、いくつかの滝、つり橋などを楽しみながら一時間余り散策。雨にも時々降られたけど仕方がない(ここは晴れるほうが不思議とか)。車で高度1200mのところの紀元杉も見に行った。その後、山を降りて島の南端にある平内海中温泉へ。男女の区別なくほとんどむき出しの浴場が海岸の岩場にあり時々波しぶきも入ってくる。足だけ突っ込んでいた女性客の一団が離れた隙に裸になって入浴。波を見ながらの温泉は結構でした。
3日 夜中一時大雨が降ったが朝になると止み、昼間は曇り時々晴れ。
白谷雲水峡、一湊港など訪問。白谷雲水峡では弥生杉、二代杉などが見られるハイキングコースを1時間くらい歩き、深い原生林や川、滝など自然をまた満喫。屋久島は見ごたえのあるところと感心しました。
4日 晴れ、南西の風
9:15宮之浦港出港、種子島の島間港を目指す。島間灯台の沖は南流が強い場合があるのでいったん北のほうへ行って北から近づくようにと、例の港の主のような人からアドバイスを受けていたのでそのようにして、問題なく12時に島間港入港。奥の漁港に入って空いた岸壁に横付けし、周りの漁師さんに尋ねるとOKとのこと。この港は名古屋から船でロケットを運んできて陸揚げするところで、打ち上げ関係者が泊まっている南種子町上中に近い。土曜日だったので知り合いに電話すると、早速車で来てくれて、従兄のズーちゃんは始めてだったので射場付近の案内や温泉などに連れて行ってくれる。
5日 晴れ後うす曇り、南よりの風10-5kt。
7:20島間港出港。5日夜中に風が強くなるとの予報だったので今日は内之浦で一泊することにして、15時到着。港内は広く、山で囲まれて風波からよく守られそうなところ。
6日 霧、うす曇、SWの風12-16kt。
7時内之浦出港。湾内と、出てもしばらくの間、霧で視界数十mだったのでずっとレーダーで監視し、頻繁に汽笛も鳴らす。宮崎港を過ぎてから、足摺岬方向へ転針。沖で黒潮に乗り2Pリーフメイン、50%ジブの機帆走で約10ktを維持、23時頃足摺岬沖を通過。
7日 曇り、SWの風12-16kt
当初予想(7kt仮定)では午後室戸に着くだろうから室津に泊まろうかと思っていたが、室戸は夜中の3:30に通過、85M先の潮岬を目指す事とする。その後も順調に約10kt出て14:30串本港入港。歩いていつものコースで、ビジネスホテル串本の隣にある串本温泉に入り、近くの役場横を東に入ったところにある飛魚料理「くしもと」で夕食。ズーちゃんが昨年、飛魚が飛んでいる姿を焼き物で贈っておいたのが、すしねたを入れるガラスケースに飾ってありました。
8日 曇り時々晴れ、SWの風10-16kt。
出港準備中の6時半頃声がするので出てみると「くしもと」の親父さんが発泡スチロールの箱に氷とともにたくさんの飛魚、カンパチの子を入れて差し入れに来てくれていました。ありがたく頂戴して7:20串本港出港。真追っ手を避けて±20度交互に振りながら、フルメイン、50%ジブで7-7.5ktで機帆走。17:50無事55日間の航海を終えて志摩ヨットハーバーの自分のバースに舫いました。シャワーを浴びて、いただいた魚をズーちゃんに料理してもらって腹いっぱい食べて飲んでその夜も船内で宿泊。結局、55日全て船内泊。
翌日、皆で整理をして午後それぞれ家路に付く。
5.終わりに
長距離航海の経験を積むのも目的のひとつでしたが、天候に恵まれたので荒天の経験はできませんでした。揺れる船内を移動する時に掴まるためのパイプが必要と感じました。左右4づつ付いているハルの窓、特に前方のはしょっちゅう波にがあたっているので補強が必要でしょう。他にもいろいろあり、また改良作業が必要です。ヨットの整備は尽きるところがないようです。
KING BEEにはクルーメンバーが他にも10人くらいいますが、まだ勤めている人が大半で、今回、藤原君以外参加できなかったのは残念です。次回以降に期待します。事前の整備を良く手伝ってくれたことに感謝しています。