四国一周
by KING BEE 山崎 勲
昨年の5月は17日間の瀬戸内海クルージングでしまなみ海道の大三島まで行きましたが、そのとき来年は四国一周だ!と思い、今年の5月に実行、4月29日に出発してちょうど3週間後の5月19日に無事帰ってきました。 ゴールデンウィーク中は現役組も参加で6人になったりして賑やかでしたが、その後の2週間は平均年齢68歳の3人組、昨年も瀬戸内海で一緒だった長嶋先輩(73歳)、料理長を務めてくれた僕の従兄の山崎 譲さん(通称ズーちゃん69歳)と僕、でした。お二人ともヨット経験はほんの一寸なので、始めのうちは、「メインをもっと上に」と言うとストンと降ろしてしまったりで、どうなることかと思いましたが、その後は結構覚えてくれ、だんだん楽になりました。特に従兄のズーちゃんは、本職(測量事務所)はたたんで、昼間は陶芸の先生と狩猟、夜は半分趣味で小料理屋をやってるというユニーク熟年、身のこなしは50代のようで操船の覚えも早く、朝昼晩の食事は全部引き受けてくれ、しかも本職の味で大助かりでした。 瀬戸内海は穏やかで島々の景色は素晴らしくて何度行っても飽きないし、四国西南部は素朴で人情味にあふれ良いところです。宇和島ヨットクラブの徳田さん、高知ヨットクラブの植田会長他の皆さんには大変お世話になりました。 お役に立てる情報も含めて以下に航海の概要を記します。是非、皆さんもお出かけ下さい。
4月29日 五ヶ所―勝浦(55M) 晴れ 微風 前日午後、ズーちゃん、奈良君、僕の3人が集合。買い物をして、夜は春日井さん榊さんも交えてズーちゃんの料理で前夜祭。当日早起きはあきらめ7時30分出港。機走ばかりで18時30分勝浦入港。観光船発着場隣の岸壁に付けたけどやはり引き波で10時過ぎまで揺れ多し。浦島の温泉に入ってから飲み屋街の路地を入ったところにある「ぷれいぼうい」(築地、tel:0735-52-2992)で鯨、魚料理を満喫。昨年5月、と7月に2回行ったけどおかみさんは僕のことを覚えていました(さすが商売、結局帰りも寄る羽目に)。
4月30日 勝浦―田辺(55M) 晴れ 弱風 6時勝浦出港、16時田辺漁港(江川)到着。メイン上げての機帆走していたら、14時くらいから南西の風8-10ktが吹き始めたのでジブ、メインともフルに展開、しばらくエンジンを切って帆走を楽しみました。途中けんけんを流すも、いつも鰹がつれる周参見沖で一匹もかからず。昨日から6ノットに達しないので到着後調べたらホンダワラがプロペラに絡まっていたので取り除く。きのこなど山菜採り用の小さなステンレスの鎌を積んでありましてこれに棒を継ぎ足して、ホンダワラを切りながら除くことにしています。田辺のシータイガーマリーナは高い(6500円)のでその東の漁港の北から延びている岸壁(テトラポッドなどのもの置き場)の外側(西側)に最近留めます。すぐ近くにある丸長水産に、魚の卸、発送をやっている場所があるのをズーちゃんが見つけて交渉し、新鮮な鰹一匹ゲット。岸壁に生えている乾いた萱を集めだしたので何をするのかと思いきや、火をつけて鰹の身を入れて本格的たたきの準備。土佐のにんにく、ゆずも持参しており、本場並みのたたきを堪能できて奈良君ともども大満足。ズーちゃんは高知県安芸市で生まれ育ち、しばらく家業の瓦工場を継いでいたがその後大阪に移住、2年前に始めた趣味の居酒屋は「土佐」と言う名で、大阪一のたたきを食べさせるところ、だそうです。
5月1日 田辺―徳島 45M 雨 南東の風 30-37kt 6時15分田辺出港、13時30分徳島ケンチョピア到着。ツーポイントリーフメインのみで機帆走。南東の追い風を受けて大きなうねりに乗りながら7-9ktで走る。風速計は25-30ktなので15-18m吹いてたのでしょう。若い(40ウン歳)経験者、奈良君が居たので助かりました。昨年付けたレイマリンのオーパイST4000は大活躍、時々20度くらい振られるものの無事うねりを乗り切りました。バウが波を切り裂いたときの青い水の壁はきれいだった。ケンチョピアビジター桟橋に繋いでから、昨夜のうちに田辺で仕掛け籠に入っていた大穴子3匹でズーちゃんが穴子ずくし料理を作って昼食。ここで奈良君は帰路に付き、替わって関さんが合流。
5月2日 徳島―小豆島ふるさと村海の駅(室生)(40M) 晴れ 西北西 20kt強 6時40分ケンチョピア出発。大潮なので流れの小さな小鳴門を通ることにする。と言っても大潮では最大5ktになるらしい(大鳴門は10kt)。潮止まりは8時45分なので8時15分に通過開始すべく入り口に早めに到着して、釣りなどして時間待ち後に進入。殆ど流れはなく楽々通過。出たら西北西の強風が吹いており方向は真向かい。小刻みの波で機走のみでは3ktくらいしか出ない。ツーポイントリーフメインを上げ、ジブも少し出してクローズホールドでやっと5ktを確保。時間がかかって16時30分に池田港の東の半島の東側にあるふるさと村海の駅(tel:0879-75-2266、一泊係留1050円)に到着。浮き桟橋(あまり長くない)が3本くらいあります。半島の上にある国民宿舎小豆島(tel:0879-75-1115)に宿泊。風呂も立派で良いところです。昼間航走中にひとつハップニング、1日は視界が悪いのでアルミ板金を組み合わせた大きなレーダーリフレクターをスピンハリヤードで引っ張り上げてそのままにしていましたが、それが空中分解して海に落ち、スピンハリヤードがぶらぶらしてあちこちに巻きつく状況になりました。絡みが解けた時にスピンハリを取り敢えず上いっぱいまで上げてしまいました。
小鳴門通過、右は関さん ふるさと村浮き桟橋
5月3日 ふるさと村―鞆の浦 42M 晴れ 西北西 20kt弱 8時10分ふるさと村出発。逆潮が強く、特に与島の北で瀬戸大橋をくぐる時は逆潮3ktで辺りは波立っていました。コースとしては、先ず備讃瀬戸に沿って西航、与島の北、本島広島の南、真鍋島の北を通って鞆の浦に入りました。少し帆走してから17時30分に鞆の浦入港。浅田父子が今や遅しと港内中央の浮き桟橋先端で待っていてくれ、スターンからアンカーを入れて桟橋先端付近の左側にバウを付け、ここにて一泊。昨年入港時にモニターカメラで見ていて助言をくれたり親切にしていただいた澤村船具の澤村さんに電話したら、昨年12月に急逝されたとのこと、72歳だったそうで、まことに残念。上陸後直ちに澤村船具店に行って奥様に挨拶し、ご仏前にお参りさせていただきました。店は奥様が引き続き経営されています。シーサイドホテル隣の「ちとせ」で夕食。ここで中西さん合流となり、5日まで6人になりました。
5月4日 鞆の浦―大崎下島「ゆたか海の駅」(35M)うす曇り 無風 8時鞆の浦出発。弓削島の西、多々良大橋をくぐり大三島を北側から回って西側の宮浦港に13時30分に入港。正面の連絡線浮き桟橋ではなく、その右方の第2浮桟橋に舫う。さすが連休、数艇いて、連絡船桟橋の根元に舫ってる艇もありました。大山祇神社にお参りし、沢山の国宝級の鎧と刀剣を見てから買い物をし、15時30分に宮浦港出港、17時に昨年も泊まった、大崎下島の「ゆたか海の駅」に到着。殆ど波が入ってこない静かなところです。関さんがマストに登ってくれ、スピンハリヤードを引き降ろしてくれました。海の駅を管理しているホテルで風呂に入り(一人500円)陸電もつないで船上でBBQ。係船料無料でした。
5月5日 大崎下島―広島観音マリーナ(35M) 晴れ 微風 7時ゆたか海の駅出港。蒲刈島の北側を西航、猫瀬戸手前の比較的広い海面で帆を揚げたらプロペラ推力が急になくなり、回転を上げても空回りになる。見てみたらエンジンとプロペラシャフトをつなぐフランジが離れていて、10mm径のボルト4本が下に転がっていました。一旦曲げてあったが、それが開いた状態のタブワッシャー、なぜか3個だけのナットなども落ちていました。幸い微風だったので後ろからバケツを2個流して船速を落としプロペラの回転を止めることができて、フランジを3本のボルトで再接続しました(中西さん)。そして4ktくらいで走っているとヨットが追いついてきたので写真を撮り、携帯番号を聞いて電話すると広島の西の廿日市にある佐伯ヨットクラブの「風花」の中鶴さんという方で、状況を話したら「音戸瀬戸を過ぎるまで心配だから伴走してあげる」と親切なご返事。それから40分くらい、ゆっくり見守りながら一緒に走ってくれました。帰着後お互いのヨットの写真をメールで交換しました。江田島の呉側にある小用港で12時前に長嶋さんと落ち合って旧海軍兵学校を見学することになっていたのでもう彼は小用に来ていたけど、それはあきらめ観音マリーナに直行するのでそちらに行くようにお願いし、音戸瀬戸12時通過。平清盛が開いたと言う幅60mくらいの水路で23mの高さの橋が架かっている。潮どまり近くでも少し流れを感じました。「風花」と別れて、観音マリーナ14時30分到着。事前に電話しておいたのですぐ修理に来てくれ、ボルト4本をきちんと付け直してくれました。年に一度はこの箇所をチェックしたほうが良いそうです。2年程前志摩ヨットハーバーでエンジン交換してもらいましたが、エンジンを台座に取り付けるナットも一個緩んで抜け落ちていたし、志摩ヨットハーバーの工事は大丈夫?これが強風の徳島入港時だったらと考えるとゾーっとします。観音マリーナは新しく、何でも設備が揃った大きなマリーナで素晴らしい所です。桟橋出入り口に鍵があって毎日変わる番号を入力して出入りします。桟橋では釣り禁止、僕達が知らずに釣り糸をたれていたらマイクで注意されました。誰かがカメラで監視しているようです。今日は近くのダイヤモンドホテルで陸泊。
音戸瀬戸を通過
5月6日 広島―宮島―沖野島(17M) 曇り 弱風 浅田君親子、中西さんは帰ったので、新たに加わった長嶋さん、関さん、ズーちゃん、僕の4人で9時観音マリーナ発、10時30分宮島厳島港着。3本ある浮き桟橋の一番左(東)の桟橋の左側の一番奥に留める。この桟橋のもう少し手前の右側もOKだそう。数時間留めるといったら料金20円と聞いてびっくり。厳島神社にお参りをして「ふじたや」さんで名物あなごめしの昼食をし14時出港、16時沖野島マリーナ到着。江田島の南に橋でつながった沖野島にあるマリーナで小さいが静かで良いところ。ハーバーマスターも親切で買い物に出たいといったら車を貸してくれました。お礼に種子島焼酎「金兵衛」進呈。
厳島神社を沖からも参拝 と 沖野島マリーナ
5月7日 沖ノ島―祝島(35M)晴れ 弱風九州へ帰られる関さんと朝お別れし、長嶋さんズーちゃんと3人で7時30分沖野島出発、大畠瀬戸を抜け、上関海峡、長島の東を南西に走った後、14時祝島到着。祝島の東に漁港あり。その北にもフェリーが入る港があるが漁港の方に入って左、外側岸壁の内側に横付け。干潮時の海面高さあたりに20cmくらい出っ張った段があるので太目のフェンダーを付けておかないと危険(クルージングには直径40cm以上のフェンダーが絶対数個必要です)。ここでトイレの排出側が突然詰まる。全の閉塞で、ボールバルブも途中までしか閉まらない。ホース全体を外すと危険なので上流側を外して針金で掻き出す作戦に出たが太い針金がなく苦戦。なかなか来ないので心配して見に来た民宿の国広さんに頼んで太い針金をもらってやっと解決。トイレットペーパーが沢山出てきました。沢山ペーパーを使うな、20回はポンピングするようにと厳しく言うべきだった、太い針金やパイプ掃除道具など積んでおくべきだったと反省。ご主人がいい人の民宿「くにひろ」(0820-66-2053に宿泊。祝島は上関町に属す。その昔、海上交通の要衝だったので関を設け、下関に対して京に近いこの関を上関と呼んだ、と説明を受ける。祝島は火山性の島で357mと全体が山のよう。古代から海上交通安全のための祈りが行われたので祝島と名づけられ、万葉集にも読まれているそう。石が沢山あるのと風が強いためか丸い石を積み上げて漆喰で固めた独特の土塀が随所にあり珍しい景観を示している。不老長寿の果物と言われるコッコー(キーウィーに類似)が採れ、コッコー羊羹が名物と書いてあったので求めたが、経営者が病気で売ってないと言われあきらめ。
祝島漁港と土塀
5月8日 祝島―三崎(43M) 晴れ 霞 無風 7時30分祝島発、佐田岬を12時に通過し14時に三崎港へ入港。小潮で潮どまりにも近かったせいか潮流、渦など全くなく穏やかそのもの。ぎざぎざの佐田岬半島のシルエットを楽しみながらののんびり航海でした。フェリー発着場の左の岸壁が空いており横付け。15時頃から釣りに出るも釣果なし。はなあじ、はなさばが食べたいと魚屋、料理屋をたづねたが最近採れない、三崎には無いとのことで残念。レストランで普通の食事でがまん。
5月9日 三崎―宇和島(30M) 晴れ 弱風 8時三崎発、14時30分宇和島着。走りながら宇和島ヨットクラブの徳田さんの電話番号を三瓶ヨットクラブの方(こちらは電話番号が舵誌に載ってた)に頼んで教えてもらい、理容店を営む徳田さんに電話して泊地の状況をお伺いする。わざわざ見に行ってくれたらしく、奥の河口の橋の手前、フェリー発着場の横に40フィートのモーターボートがあるがそれに付けてもよいとの電話をいただく。宇和島港は混雑していて空いたところが殆どないので助かった。ただしボートのすぐ後にスペースがあったのでそこへとめる。宇和島城見物、徳田さんへの挨拶、買い物、風呂などして艇で夕食していたら徳田さんが艇を訪問され、親しくヨット談義など楽しむ。別府ヨットクラブを訪問してのレース、高知ヨットクラブの艇を呼んでのレースなど大いに活動しておられるようです。その晩は雨。
宇和島漁港最奥にて
5月10日 宇和島―日振島(明海)(15M) 雨のち晴れ 西北西25-30kt 風が強いため待てば少しは楽になるかと思って午前中様子見。13時に宇和島を出港し、日振島を目指すも風は一向に収まらず。太平洋よりましだが結構な向かい波でスプレーを浴びながらツーポイントリーフ一枚の機帆走の登り。17時前に日振島明海(あこ)港に入港。中は穏やかで、係留場所を探していると浮き桟橋の漁船から「抱かしてやる」との声がかかる。「自分もよその港に入って抱かしてやると言われたらうれしいものだ。だから声をかけたのだ」と暖かいお話。「この船は動かさないので2泊しても良い、おまけに生簀のたこも魚も食ってよい。」とのことで涙が出そう。そこで種子島焼酎「金兵衛」を一本進呈。そんなための親切ではない、としかられたけど、結局、好物だと受け取ってもらえました。民宿「磯乃屋」(0895-65-0301)に宿泊。6000円なのにイセエビもついた豪華海鮮料理でびっくりでした。
5月11日 日振島にもう一泊 晴れ 北西の風8-10m。 朝、近くの山に登って藤原純友の碑を尋ねる。平安時代に東は平将門、西は藤原純友が時同じくして乱を起こすが、純友はここ日振島で旗揚げをした。そのとき火を振ったのでこの名になったそう。日振島には、北に能登、東側真ん中に明海、その南に喜路の3個所の泊地があり北の能登が比較的空いていてヨットを付けやすいそうです。午後はヨットを出して釣りをしましたが場所が分らず釣果なし。帰ってきて港の突堤で釣ったら20センチの鯵がどんどん釣れ、がしら、めばるなどもゲット。船で豪華鯵ずくし料理を料理長が作ってくれました。
藤原純友の石碑と宇和海、(右)日振島明海港
5月12日 日振島-土佐清水 (48M)晴れ 弱い西風、後南西6-7m 6時30分日振島出発、日振島に2泊したので宿毛は省略で、16時前土佐清水市新港到着。途中、沖ノ島東を通過して進路を東に変えてから、黒潮の影響か、急に船速が増して8-9ノットになる。反時計回りにして良かったと実感。土佐清水は以前からある港(市街の東)のほかに半島の西側からアプローチし、市街の西側に位置する新港がある。旧港は南南西の風波が入りやすいので新港の方に入港。近くの崖の斜面に旧海軍が米軍上陸に備えて潜航艇を隠してあった穴がいくつもあいていた。20分程歩いて町に出て、買い物、風呂など済ます。旧港にも風波は入っていなかった。
5月13日 土佐清水―久礼(47M)晴れ 西の風2-3m 8時15分土佐清水発、久礼到着16時30分。足摺岬を海から眺めるのも一興でした。足摺岬を過ぎるあたりまで8-9ノットで潮流に助けられていたが、久礼に向けて北北東に変針するととたんに潮流がなくなる。反流も感じず。これが土佐の海かというほど静かな海でした。ソーダ鰹4匹ゲット。久礼に近づくと左の山の上に「黒潮本陣」、その下に新港が見える。新港に入港。中は広くて難なく魚市場がある岸壁の外側に横付け。入ってくる途中の左に浅瀬があるので御注意。座礁したヨットがあるそう。早速黒潮本陣にタクシーで出かけ、本場の鰹たたき定食(950円)を食する。ズーちゃんいわく一寸わらの焼きが不足とか。帰りのタクシー運転手がお薦めの居酒屋「モア」で楽しく飲む(カラオケも)。
足摺岬、久礼港
5月14日 久礼―高知(22M)晴れ 無風 8時30分久礼発、13時30分高知ヨットクラブ着。今日も鏡のごとき状態。桂浜を海から眺めつつ浦戸湾に進入。昨年夏のクルージング中、牟岐大島と甲浦で高知ヨットクラブのDawnとご一緒し、植田会長、坂本ハーバーマスタ、川上さん、東崎さん(女性)と親しく飲みました。坂本さんはお体の調子が悪いとのことで植田会長から連絡があり、予定をお知らせしておいたら、クラブ泊地で植田さんと川野さんが待っていてくれ、舫を取ってくれました。クラブは浦戸大橋をくぐってすぐ右の種崎にあります。早速、手作りの2階建てクラブハウスに案内されてビールで乾杯。メンバーの山崎さんに「エクセルホテル高知」(朝食付き4500円!)へ連れて行ってもらい、この日は我々だけで夕食。お城近くに「ひろめ広場」という土産屋、レストラン街があり、そこの「明神丸」のたたきが本物とのズーちゃんの薦めに従って、通常のポン酢を使ったたたき、あら塩のみで食べる塩たたき、さしみ、と鰹づくしを堪能しました。なるほど目の前で焼いて見せる藁の火力は強く、中は生なのに皮は真っ黒で藁の香りが染みていて、にんにく、たまねぎ、ゆずの味とミックスして鰹が大変うまい。塩たたきもこれまた絶品で大満足でした。
KYC手作りクラブハウス と 明神丸のたたき作り
5月15日 高知でもう一泊 御親切に植田会長が自分の車を使え、と言ってくれるのをお断りしてレンタカーを借り、先ず高知城見物。大手門の左の鯱はズーちゃんが若かりし頃、爺さんに教えてもらいながら作ったものだそう。後ろから見ると尻尾が少し左に傾いているのが分る、と言って後ろに案内、なるほどゆがんでました。作り直すと言ったら、「期限が来た、ゆがんでても分からん。」で受け取ったとか。昭和29年の城修復で交換した瓦は全部の僕達の爺さんの工場が請け負ったそうで、なるほど瓦に会社名を押してあるのが沢山ありました。お城見物のあと、高知の西方にある横波と言う静かな奥深い湾に行って、名物貝づくしBBQの昼食を浮き桟橋の上で食べました。かの有名な明徳義塾の前を通って四国三十六番青龍時をお参り。朝青龍が訓練したと言う長い石段も見ました。買い物をして植田会長と落ち合って再びクラブハウスへ行き、料理長がパーチー料理を開始。鍋料理、刺身など。男性4人女性2名にご参加いただけました。男性も女性も大変お酒に強く(浴びるほど飲まれる)、12時になったら「2次会だ」といって今度はKING BEEで1時半まで大いに飲みました。土佐鶴、司牡丹はうまい!持参した金兵衛もワインもあっという間に空!
高知城大手門左の鯱 とKYCの皆さん
5月16日 高知―甲浦(50M)晴れ うす曇、夕方少し雨 微風 植田会長、川上さんが見送りに来てくれ、会長には軽油18lの差し入れまで受けて7時30分出港、17時過ぎに甲浦到着。途中べたなぎ。いつも荒れていると言う室戸岬を難なく通過。何度と無く陸から行ったことがある室戸岬を海から見て感慨ひとしお。弘法大師の大きな立像も見えました。甲浦では、昨年停泊した奥の旧市場横は空いてなかったので、引き返して、橋の外の物置き場岸壁に横付け。タクシー呼んで宍喰温泉へ行って、風呂と夕食。
室戸岬 と 弘法大使の像
5月17日 甲浦―周参見(60M) 曇りのち晴れ 西南西の風12-13m 7時15分甲浦発、16時45分周参見到着。ツーポイントリーフ追い風で走っていたら、結構なうねりが出てきたので一時は入港が容易な田辺にしようかとも思ったが、途中少し弱まったので再び周参見を目指す。が、そうは問屋が卸さず、また元のように吹いてきた。途中でGPSプロッターの電源が断続から遂に断になったが、周参見は何度も入って分かっているのでそのまま進む(予備のハンディーGPSもあったけど)。メインを降ろしてから、左に鰹岩、右に暗岸がありその間100mかと思われる間を、港奥の山の灯台を40度に見ながら進入。鰹岩にうねりが砕け艇は左右に揺すられながらも無事入港。入って右の方の国民宿舎側でのアンカー使用の槍付けが面倒と考え、左へ曲がり漁港に進入、外側岸壁の内側に横付け。30分ほど歩いて国民宿舎「枯れ木灘荘」へ行って一泊。やっぱりアンカーを打ったほうが楽だったと後悔。
5月18日 周参見―勝浦(37M) 9時周参見出発16時勝浦到着。朝、ジブファーラーの巻取りロープが擦り切れそうなのをズーちゃんが見つけました。少ししかジブが出ないがそこで結んでつなぐことにする。勝浦では、ホテル浦島の前を通って奥に入ったところの左側にある元工場横の岸壁に舫う。うっかりけんけんを上げるのを忘れて入港し、プロペラに糸が巻きついたので、僕がウェットスーツを着て潜って取り除く羽目になりました。すぐ目の前に軽油屋さんがあり容易に調達。更に奥の方に歩いたところの温泉の銭湯へ行く。風呂から上がると、番台のテレビに何人かたかり、大阪のヨットが小笠原からの帰りに行方不明になったニュースを見て、「あれは俺だ」などと言っている。聞いてみると、今日、保安庁の船に曳航されて勝浦に入った当人達だとのこと。大阪の「遊友」というヨット(40フィート超のケッチ)に6人が乗って小笠原に行った帰路、バッテリースイッチの問題で充電がされず全部あがってしまってエンジンがかからなくなり、セーリングだけで帰ってきたが10日も連絡を取れなかったので家族が捜索願を出したそう。もう一寸のところまで自力で来ていたが、保安庁に見つけられ曳航になった、とのこと。バッテリー上がり、無線連絡方法に気をつけなければー。僕は直輸入の国際VHF(ハンディー5W)を非常用に持って行きました。50W 以上のハム無線機もそのうち付けねばと思っています。 夕食は長嶋さんご希望もあり、またまた「ぷれいぼうい」で鯨、魚料理となりました。おかみさんにすっかり覚えられちゃった。
5月19日 勝浦―五ヶ所(55M)晴れ 午後から北西の風10m 夕方16時すぎの到着だったので翌日、後片付け、掃除をすることにして宿泊施設で一泊。 今回は3週間と過去最長のクルージングでした。平均年齢68歳でしたが皆最後までお元気で良かった。トラブルに幾つか遭遇しました(こんなに多いのは初めて)。でも、いずれも大事に至らなかったのは運がよかった。日ごろの整備、点検を更に厳しくやらねばと反省。ジブファーラーロープの擦れは、振動でドラム固定部が少し回転し、窓の位置がずれて、窓のふちがロープに当たるようになってしまっていたことによります。内部でターンバックルのロックナットを締めてありますが長時間の振動で動いたと考えられます。とりあえず針金で角度がずれないようにしましたが・・・。GPSの電源切れは、電源ケーブルの途中に入っているヒューズが水浸しになっていて2週間で腐食が進んだことによります。コネクター部が腐食したので新品に交換し本体との接続部は白い不乾性パテで覆って出かけたら、今度は30センチ下のヒューズがやられた。ここの防水対策が良くないので、ヒューズが船内に来るよう、ケーブルの反対の端に移しました。来年はいよいよ九州へと考えています。五島、長崎、壱岐、対馬?楽しみだなー。